大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)333号 判決 1985年7月31日
控訴人
アブドウラ・モハメッド・アルーハルミ
右訴訟代理人
高野裕士
右訴訟復代理人
小川邦保
被控訴人
株式会社関西相互銀行
右代表者
山崎勲
右訴訟代理人
北川邦男
露木脩二
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者双方の求めた裁判
一 控訴の趣旨
「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万四九三九ドル九八セントと金一〇〇〇万円及び金一〇〇万四九三九ドル九八セントに対する昭和五四年六月一二日から右支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求める。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決を求める。
第二 当事者双方の主張
原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決二枚目表八行目の「クウエー国」とあるのを「クウエート国」と改める。)。
第三 証拠<省略>
理由
一控訴人が昭和五四年三月二五日、クウエート・ナショナル銀行(=訴外銀行)に対し、控訴人と三和物産との間の輸出入契約代金の支払いに関して信用状の発行を依頼し、訴外銀行により、通知銀行を東京銀行大阪支店とする請求原因3記載(A)、(B)の内容を有する自己宛、取消不能、譲渡可能の信用状二通(以下、「信用状(A)、(B)」という。」が開設されたこと、控訴人は、三和物産に対し、昭和五四年四月五日、信用状(A)の金額を約一〇七万六二一〇ドルに増額したうえこれを譲渡し、同月二九日、信用状(B)の金額一〇〇万ドルのうち二〇万七六〇〇ドルを譲渡したこと、三和物産は右信用状に基づいて輸出為替手形を振り出し、三和通商に対して右手形(以下、「本件手形」という。)の買取りの委任をしたこと、三和通商は、原判決添付別紙(以下、単に別紙という。)記載(一)ないし(五)のとおり、昭和五四年五月二九日から同年六月一一日まで前後五回にわたり、外国為替公認銀行である被控訴人梅田支店に対し、インボイス(送り状)等の船積書類及び輸出申告書を添えて本件手形の買取りを依頼したこと、右インボイス五通には商品名スエード、ポンジー、シャーティング、スーティングを合計一四七万八四二四ヤール、代金合計一二二万六七四二ドル二五セント分を船積みした旨が記載されていたこと、被控訴人は、右依頼に応じて本件手形を買い取り、買取代金として別紙(一)ないし(五)の各(4)の金額合計一一八万九九三九ドル九八セントに相当する約二億六〇〇〇万円を支払つたことは、信用状(B)の金額、有効期限の点を除いていずれも当事者間に争いがない。
二右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 被控訴人が本件手形を買い取るに際しては、あらかじめ預かつていた信用状のほか、その都度、手形の買取依頼書とともに、信用状の要求するインボイス、船荷証券、原産地証明、梱包明細表などの船積書類及び税関の輸出許可印の押捺された銀行買取用輸出申告書の提出をうけた。
2 右インボイスの船積商品の記載と輸出申告書のそれとは各買取ごとに別紙記載のとおりとなつている。すなわち、両者は、その各代金額の合計において一致しているが、商品名は、インボイスの記載が「スエード」、「ポンジー」、「シャーティング」及び「スーティング」の四種類であるのに対して、輸出申告書のそれは輸出統計品目表に準拠し例えば「ポリエステル製染・白トリコット織物」あるいは「アクリルと綿混合染編物」といつた素材中心の品名で表わされ、また、数量については、輸出申告書に記載されたヤール数(長さ)の各合計がインボイスの記載の約七分の五ないし一四分の五であるが、サイズ(布幅)において同じではない。
3 被控訴人梅田支店の担当行員である西田晴彦及び中谷英一は、右買取りの都度、信用状の要求する船積書類については、それが信用状条件を満足させているか、書類相互間に文面上の不一致がないかを各書類ごとに一つ一つ慎重に対比照合して確認し、タイプミスを三和通商に訂正させるなど遺漏なきを期した。西田らは、輸出申告書と信用状、船積書類との照合も行つたが、この場合は、輸出申告書に通商産業大臣の承認、代金決済方法についての外国為替公認銀行の認証及び税関の許可印があることを確かめたほか、輸出申告書に記載されている商品輸出と信用状取引との間に同一性が認められれば足りるとの観点から、当事者名、信用状番号、代金額についてはそごがないことを確かめたけれども、前記商品名の表示の相違については、通関手続において要求される商品の表示方法が輸出統計品目表に準拠しなければならないことになつているため、同一商品であつてもインボイスと輸出申告書とでは表示方法が異ることがありうるので、右表示の相違にもかかわらず両者は同一商品を表わしているものと考え、また、前記ヤール数の相違については、代金額の合計において一致している以上、その程度の相違は輸出申告書記載の輸出と信用状取引との同一性を否定するものではないと考えて、その対比照合をすることなく本件手形の各買取依頼に応じた。
三控訴人が本訴において被控訴人の帰責事由として主張するところは、これを要するに、被控訴人には外国為替公認銀行として、外国為替及び外国貿易管理法(以下、「外為法」という。)一二条所定の確認義務があるのに、被控訴人の担当行員である西田晴彦は、故意又は過失により右義務に違反し、本件手形買取りにあたり輸出申告書の記載が船積書類(特にインボイス)の記載と相違することを看過して、三和物産が控訴人との約定とは全く異なつた商品を輸出したことに気づかないで本件手形を買い取り、その結果、控訴人が約定代金の支払いを余儀なくされたことにあるというのである。
よつて審案するのに、外国為替公認銀行が輸出手形を買い取るに際しては外為法一二条所定の確認義務を課せられ、買取依頼人から提出された銀行買取用輸出申告書の記載と買取りにかかる取引との間に同一性があることを確認しなければならない旨定められていることは、控訴人主張のとおりであるが、右確認制度は、その当時施行されていた輸出貿易管理令三条所定の認証制度(輸出前に外国為替公認銀行に輸出の代金決済方法が適法か否かを審査させる制度)とあいまつて、当該輸出が外為法上の輸出貨物及び仕向地に関する規制の対象であるか否か、右規制の対象であるときは通商産業大臣の承認を得ているか否か、また、当該輸出の代金決済方法の適法性に関し右認証がなされているか否かを、手形買取りにあたる外国為替公認銀行に審査させることにより外為法が所期する輸出貿易管理制度の目的を達成せんとするためのものであり、控訴人が主張するような外国の輸入業者の財産上の利益の保護をはかることを目的とするものではない。したがつて、被控訴人の担当行員に右確認義務違反があるからといつて、そのことの故に被控訴人の本件手形買取行為が控訴人の所論のような財産上の利益に対する違法な侵害行為にあたるとはいえないと解するのが相当である。
そこで、本件のように外国為替公認銀行が信用状付輸出手形を買い取つたことにより、契約に定められたとおりの商品が船積みされなかつたにもかかわらず買主が約定代金の支払いを余儀なくされた場合における、銀行の手形買取行為の買主の利益に対する侵害の違法性の有無を、信用状取引につきこれら当事者が占める立場等を勘案し、右行為の態様と利益の性質との相関関係において検討する。
思うに、信用状取引はそれが売買契約に関するものであつても右契約とは別個の取引であるとされ、信用状により信用状条件と文面上一致する船積書類と引換えに輸出手形の買取権限を与えられた銀行が右手形の買取りをしたときは、その権限を与えた者は買取銀行に対し手形の引受又は支払いをする義務があり、買取銀行は右書類の成立の真正又は内容が記載どおりであることについてなんらの責任を負うものではないこと、買主が信用状の開設を依頼することにより、売主が銀行に提出する船積書類と引換えに代金の支払いを受けられることを約束するほど売主の誠実さを信頼するのであれば、その信頼は売主が契約どおりの商品を船積みすることについても及ぼされるべきものであり、その信頼が破られたことにより破つた損害の填補を右信頼の授受の当事者ではない銀行に求めるのは信用状取引の性質上相当とはいえないこと、もし買主が売主を全面的に信用できないのであれば、必要に応じ、買主が信頼することのできる第三者に船積みする商品の検査をさせるとともに契約に定められた商品と一致していることについての証明書を発行させ、それを信用状が要求する必要書類の一つとして指定する等の方法をとることもできること、また、手形の買取りにあたる銀行員は当該輸出商品の品質、性状などにつき一般的には専門的知識を持たないのが通常であり、多種多様にわたる商品について右専門的知識の修得を銀行員に期待することは相当といえないこと、さらには外国為替公認銀行に課せられた前記外為法一二条の確認義務は、その制度の目的に鑑み、輸出申告書に記載された当該輸出と買取りにかかる輸出手形の取引とが社会通念上同一性を有すると認められることをもつて足りると解されること、以上のような信用状取引の性質、信用状取引において手形買取りにあたる銀行のおかれている立場を勘案すると、信用状付輸出手形の買取りにあたり、外国為替公認銀行は、契約どおりの商品が船積みされていないことを知りながらあえて右手形の買取りをした場合又は輸出申告書の記載等から一見して当該輸出が買取りにかかる輸出手形の取引とは別個の取引であると明らかに認められるのにこれを看過して手形の買取りをしたような場合は格別、その他の場合においては、たとえ右買取行為によつて契約どおりの商品が船積みされていないのに買主が約定代金の支払いを余儀なくされたとしても、買取りをした外国為替公認銀行が買主の右のような財産上の利益を違法に侵害したことにはならないと解するのが相当である。
いま、これを本件についてみるのに、前記認定事実によれば、被控訴人が契約どおりの商品が船積みされていないことを知りながら本件手形を買い取つたといえないことは明らかであり、輸出申告書の商品に関する記載はインボイスのそれとは前記のとおり相違しているが、輸出申告書の商品名の表示は、輸出統計品目表に準拠しなければならないためインボイスの表示とは往々にして異なることがあることを考慮すると、輸出申告書とインボイスの各商品名の表示から両者が同一の商品の表示でないとは断じえないこと、ヤール数の相違にもかかわらず商品の代金額は各買取りごとにその合計額が一致していることなど前記認定の事情を併せ考えると、右輸出申告書に記載されている輸出と手形買取りにかかる取引とが一見して別個のものであることが明らかな場合にあたるともいえない。
したがつて、本件において西田らの手形買取行為につき所論のような控訴人の財産上の利益に対する侵害の違法性があるとはいえないことは前記説示に照らして明らかであり、控訴人の本訴請求はこの点において理由がなく棄却を免れない。
四以上のとおりであつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。よつて、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官乾 達彦 裁判官東條 敬 裁判官馬渕 勉)